ロシア漁民の日


 ロシアには「漁民の日」という祝日があります。
 毎年七月の第二日曜日がそれです。祝日といっても、日曜日は
もともと休日だから、ちょっとおかしいのですが、ロシア漁民は
そんなことは気にせず、毎年この日を心待ちにし、みんなで盛大に
祝います。
 さる漁業会社の連中は、今年は家族を引き連れて、海の近くの
小高い丘でキャンプを張りました。森にも海にも恵まれ、北国の夏
を満喫できる快適な場所です。
 妻たちはビキニになって、砂浜でおしゃべりしながら甲羅干し。
 夫たちは海で泳いでいる、というか、潜っている。何をしているの
かと思ったら、貝を採っている。採っては砂浜の妻のもとへせっせ
と運び、火をおこし、石に乗せて焼き、焼きたての香ばしい貝を妻
に差し出すのです。
 三日目の夕方、キャンプもいよいよ終わりです。最後の夕食は、
当然のことながら、宴会になりました。テーブルにはウオッカが並び
ます。
 ところが飲むのは妻たちだけ。
 「漁師に乾杯!」
 なんて言いながら飲むのですが、当の漁師たちは全然飲まず、
紅茶をすすったり、疲れて横になったりしている。
 漁師たち、すなわち夫たちは、帰路、それぞれが家族の運転手
を務めなければならないのです。だから酒は口にしない。
 ロシアの漁師のこのけなげさ。「漁民の日」は彼らにとって、自分
の日ではなく、彼らの家族の日だったのです。ふだん海にいて接す
ることのできない妻や子どもたちのために、彼らは精一杯サービス
しているのです。
 妻たちの名誉のために言い添えておくと、彼女たちがなんにも
しないわけではありません。テーブル支度をしたり、料理をしたり、
食事の準備も後片づけも全部彼女たちが手際よくやりました。
 おっと肉を焼いていたのは男だった。船のコック長が焼いていた。
物静かなコック長は、焚き火の加減をしたり、頃合いを見計らって
焼きかけの肉にワインをかけたり、指で焼け具合を確認したり、
そういうことを黙々とやっていた。肉の味は絶品でした。
 妻たちが食べることにも飲むことにも飽きたころ、それぞれの
家族は別れの挨拶を交わし、漁師が運転する車で家路についた
のでした。
 (2001.7.14.)