ハマっ子ノスタルジー

            

『アイドル』 
(第13話)
                             広瀬裕敏

 横浜は芸能人になじむ街である。
 波止場とか埠頭は、娯楽映画や演歌のキーワードだし、スマートを好む土壌は同時に流行に流される軽薄さの裏返しである。
 なんといっても郷土の偉人は美空ひばりであり、政治家や思想家など思いつきもしない。(荒畑寒村は横浜出身だがもう歴史に埋もれてしまった。)物心ついたとき、既に美空ひばりは全盛期を過ぎていたが、青葉台に引っ越す前の「ひばり御殿」の前を通って小学校に通っていた。
 そもそも母は、女学校で草笛光子の一期後輩、岸恵子の一期上だといって自慢していた。
 私はといえば、ミッキー吉野が小学校の先輩だということくらいか。親しい友人に芸能人はいない。
 いつごろからアイドルを意識するようになったのだろうか。中学生のとき、友人の家に行って彼の部屋を見たら、酒井和歌子の大きなポスターが張ってあった。私はまだ兄と同部屋、初めて買ったレコードが「帰ってきたヨッパライ」で、異性に対する関心も薄かった。芸能人のポスターを貼っていること自体が新鮮な驚きだった。
 確かに、吉永小百合、松原智恵子の世代は歳が上すぎて、われわれの世代の最初のアイドルは、酒井和歌子、内藤洋子あたりであった。
 女の子のほうが早熟なのだろう、中学時代はグループサウンズの全盛期だった。同世代の女の子が熱狂するのを横目で見ていた。男子校では、失神が話題になったオックスのマネをよく友人がしていた。
 高校生になって、異性への関心を公言するようになり、時を同じくしてテレビがアイドル時代になった。
 小柳ルミ子、天地真理、南沙織の時代である。天地派、南派に人気は二分されていた。既に天邪鬼だった私は、三人のうち誰が好きかと聞かれて(あまり選択に多様性はなかったのだ)、「小柳ルミ子かなあ」と答え、話の接ぎ穂を失わせた。
 他のアイドルのファンを公言する友人もいた。当時米軍キャンプに住んでいたアンルイスの家に押しかけたのもいた。彼は私に、アンルイスのつながりで松尾ジーナを紹介してやると豪語していたが、当然その機会はなかった。
 酒井和歌子のポスターを貼っていた友人は、確か葉山ユリとかいうB級アイドルを追いかけ話をしたと自慢していた。
 私は、幼い同級生たちを冷笑しつつ、映画と文学に耽溺しやがて酒も覚えた。アイドルに関心がなかったわけではない。ただ間違っても浅田美代子が好きだなどと、口が裂けてもいえなかった。
 いつしか同級生たちの集団的アイドル熱もさめていった。山口百恵、桜田淳子はもうアイドルの対象ではなくなっていた。現実のガールフレンドを見つけることに労力を費やすようになったのである。
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