ハマっ子ノスタルジー

   
       
『田舎町の歌姫』
(第36話)
                             広瀬裕敏

 町の名前はベルゴロドという。
 ただ「ベルゴロド」と発音しても通じない。一度先輩がモスクワで電話交換手に(まだそんな時代だった)、ベルゴロドつないでくれと頼んだら、ユーゴスラビアのベオグラードにつながれたと嘆いていた。「ビイイエルゴロド」とかなり唇を横に引っ張って発音して、何回目かにようやく理解してもらえる。交換手にとって、外国人が電話することを予想できる町でもなかった。
 晩秋、モスクワから夜行列車に乗って朝たどりついた。
 モスクワを南下して、ウクライナ国境に接するベルゴロド州の州都である。人口は30万人程度だろうか。
 時は1980年代の中頃、まだソ連時代だが、長いブレジネフ政権が終わって、停滞から激動へ替わる予感がする時代だった。
 当時の上司が配合飼料工場プラントを毎年成約しており、その据付引渡しの仕事だった。
 既に私よりはるかにロシア語のうまいKと、数名のプラントエンジニアが先行して入っており、私は残りの技術者と遅れてこの田舎町に到着した。
 ロシア側は日本人のために、一応この町で一番いいホテルを用意してくれている。
 ホテルに着いたとき、Kはさも先行者の義務を果たしたといわんばかりに、得意げな口調で、
「広瀬さん、このホテルのレストランの歌手わるくないですよ」
と言った。
 当時ソ連のレストランは、必ずバンドが入って、客が踊るスペースも大きくとってあり、ロシア人にとって、いわば「ハレ」の日の社交場だった。誕生会とか結婚式のパーテイだとか、みな着飾って乾杯し踊るのである。
 工場の据付指導に来た日本人にとっては、そこは疲れて帰ってきたあと夕食をとる、いわば日常の場であり、バンドの大音響は苦痛なものでしかなかった。
 Kがあえてそういう評価をするのは相当なものと言えた。
 ステージにでてきたのは、金髪と栗毛が混じったような巻き髪の、容姿も十人並みの女性歌手だった。三十歳前後だろうか、そろそろ忍び寄ってきたロシア人特有の肥満を、安物の舞台衣装に隠しきれずにいた。
 確かに田舎町のレストランの専属歌手にしては、予想をはるかに上回るうまさだった。
 そしてある歌で打ちのめされた。
 「おい、その歌なんていうんだ」
「知らないんですか。イショーニエベーチャルですよ」
イショーニエベーチェル。「まだ夕暮れじゃないわ。」そう、まだ人生の夕暮れではない。
 歌詞は、恋人を誰にも渡したくない、まだ今日は別れたくないという失恋の歌である。しかしそんなフツーの失恋話を超えて、彼女の張りのある歌声は自分の人生を歌い、自分を励ましているように思えてならなかった。
 「いいな」一言つぶやいた。
 ロシアの芸術のレベルは知っているつもりだった。しかし改めてそのピラミッドの大きさに覚醒させられた。こんな田舎町にこれほどの歌手がいるのだ。
 何日かあと、Kに誘われて楽屋に行った。Kは日本から持ってきた薬師丸ひろ子のカセットを歌姫に渡した。
 我々の賞賛に対し、彼女は一回だけレコードをだしたことがあると自慢し、カセットのお返しに彼女自身のブロマイドをKにプレゼントした。太目の全身写真にサインされ、裏には太い字でこう記されていた。
「歌こそ我が人生」
 次の日彼女は、アンチョコも見ずに、なんと二曲カセットの中の歌を歌った。「探偵物語」ともうひとつ何だったか。バンドと一緒に一日練習したのだろう、発音こそ若干違うものの、薬師丸ひろ子よりはるかにうまかった。
 そして最後にまた「まだ夕暮れじゃないわ」を歌ってくれた。
 厚い黒土だけが自慢の、ロシアの片隅の話である。

 
【掲載作品一覧】