ハマっ子ノスタルジー
『初代テレビっ子』 (第4話) 広瀬裕敏 小学校1年のころ、金曜の夜は9時まで起きていることが許された。 日本テレビで8時からデイズニーランドをやっていたからである。 なぜそういう組み合わせにしたのか不明だが、デイズニーは隔週放送で、もう半分はプロレスだった。 当然9時までの既得権を行使してプロレスも観た。 当時のレスラーは、力道山、豊登、吉村道明、キムイルこと大木金太郎など。馬場、猪木はまだテレビに登場していない。 外人レスラーは、何といっても極めつけのヒール、噛み付き魔ブラッシーだった。毎回のように流血シーンがあったが、まだ白黒テレビなのであまりショックはなかった。 当時必ず日本人ベビーフェイスと外国人、特にアメリカ人ヒールとの対決という構図だった。力道山と木村義雄の対戦は記憶にない。 延々と吉村道明が痛めつけられ、ようやく力道山がタッチして、番組終了間近に空手チョップの嵐を浴びせ、汚いアメリカ人をやっつける。お決まりのプロットは、小学1年生に初めて日本人の血を意識させた。 デイズニー番組の方は、さらに四つの国に分かれていた。 「おとぎの国」「開拓の国」は覚えているが、残りふたつはなんだったか。「未来の国」野生の国」「伝説の国」。はっきりしない。 番組の冒頭に、ウオルトデイズニー本人がでてきて、 「では今日はおとぎの国にご招待します。」 といった。 予告編など無かったから、「おとぎの国」にあたって、ドナルドダックが見られる日は嬉かった。 あのころテレビはアメリカにあふれていた。「ララミー牧場」「ローハイド」「コンバット」。 エドというしゃべる馬の30分コメデイー番組もあった。馬を自宅のペットとして飼っている、夢の別世界だった。 自宅から歩いて10分ほどの丘の上には、広大な米軍キャンプの平屋住宅と、芝生が広がっていた。 1960年代の横浜と横浜の下町の茶の間の原風景である。 |
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