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ハマっ子ノスタルジー

       
       
『心情サヨク』
(第48話)

 子供のころ「アンポ、ハンタイ」と幼い声でデモのまねごとをした。60年安保の時代である。
 余談だが、ケンケン遊び(正式名称は忘れたが)の掛け声で「ノギサンハエライヒト」というのがあった。日露戦争の乃木大将である。誰かが親に教えられたのか、私は昭和30年生まれである。
 中学時代は60年代後半だった。中学一年のときサッカーの指導を受けた、4年上の先輩の代の東大入試がなくなった。そのときはまだ、それが単なる事件としか認識できなかった。
 中学三年のとき映画「いちご白書」を観た。世界中が学生運動で揺れているのが、数年遅れでわかった。
 高一のとき、三島由紀夫が死んだ。関内駅のホームで第一報を聞いた。「三島由紀夫VS東大全共闘」という本を読み、そのかみあわない議論を理解しようと不毛な努力をした。
 高校は田舎のミッションスクールで、たった一度の校庭座り込み事件を除いて、静かなものだった。
 逆に、たまに顔をだした山手のカトリック教会の学生の集まりで、二年上の女子高生に、社会問題に眼をむける姿勢を教えられた。
 高橋和己全集を読破し、荒畑寒村の「寒村自伝」を読んだ。
 そして、オイルショック後の学生運動の沈滞を横目でみつつ、大洋ホエールズファンになり、心情的サヨクになった。
 浪人のときブルジョアの親友が家出をした。家出といっても本牧の畏友Hの自宅横のプレハブ小屋にころがりこんだだけで、我々はヒマそうにしている彼と酒をくみかわした。彼の家出中、彼のご両親とも会った。「カネをもっているのが悪い、と言われても」と、一代で建設会社を築いた彼の父親は苦笑いしていた。しばらくして彼のプチ家出は終わった。
 大学にはいって、教会の二年先輩の女子高生のつながりで、サヨク系サークルにも顔をだした。
 ノンセクトのそのサークルは組織力も動員力もなく、たまに狭山事件とか何かで、デモがあるからと、参加を懇願された。集合場所に行くと参加者は十名にも満たなかった。
 女性も半数以上を占め、参加すると体格的にも私が最前列に立つことが多かった。わずか十名たらずでも、たまに「不規則行進」をし、儀礼的に機動隊とぶつかった。
機動隊の強さは肌で実感した。
 そのサークルで、学年は下だが八つ年上の神学生と逢った。明大をでて一度勤めてから、カトリックの神学校にはいったという。バリバリの全共闘世代だった。
 彼は、そのノンセクトのサークルから離れて、クリスチャンの立場で活動しようと、名前と部室だけで実体のまったくなかった「キリスト教研究会」を復活させて、友達の少なそうなメンバーを集めた。顔の半分、山男のようなヒゲをたくわえた精力的な人だった。
 保守的なカトリックの神学生で、表立った活動は注意しているようだったが、それでも積極的に合宿を企画し、デモにもたまに参加しているようだった。なにより、部室や合宿先でよく酒を飲んだ。
 やがてカトリック教会も、社会正義について発言する場を設けてくれるようになり、彼と私はそこにスライドして、ママゴトのようなコードネームも必要なくなった。
 当時韓国は朴政権下の民主化闘争にゆれており、詩人金芝河の死刑判決に対し、日本からも抗議の声があがっていた。
 数寄屋橋の近くでテントを張って、他の支援団体と一緒に彼は抗議のハンストを行った。二日程度のハンストだったが、てじまいした朝、有楽町で黙って並んで牛丼を食べた。
 カトリック、プロテシタント、作家の共同抗議声明で、彼は、オレは表にでれないからと、私に記者会見の壇上に並ぶ役をおしつけた。私は、カトリックの代表づらして、大江健三郎の隣に座っていた。
 一度彼に、どうして神父になる気になったのか、聞いたことがある。
 彼はこう説明した。
「早くに両親をなくし、叔父夫婦に育てられた。明大をでて、小樽の叔父の水道工事屋で働いていた。ある冬の日、従業員仲間と酒を飲んだ帰り、雪の坂道で前を歩いていたおじいさんが滑った。あわてておじいさんをささえたとき、「天啓」が降りた。おまえはこうやって人に手をさしのべる仕事をしなさい、と神様に言われた気になった。」
 跳ね返りの全共闘あがりが、真面目に話した内容である。「天啓」ですか、とひとこと言って、混ぜ返すこともできなかった。
 私は大学をでて、フツーのサラリーマンになった。数年後、彼が40歳直前で叙階する(神父になること)という一報を受けた。会社を休んで札幌のカテドラルの叙階式に参列した。
 さらに数年後、彼の最初の赴任場所の函館で飲んだ。神父になる宣誓をする直前に魅力的な女性が現れて、悪魔の最後の誘惑だと思った、などと訳のわからないことを言っていた。
 混沌のロシアをしきりに観たがった。北海道の隣ということのほかに、彼なりに、サヨクのひとつの終焉をみたかったのであろう。
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