「若手サラリーマンの一週間」
(第83話)
会社に入って3-4年たつと、生活のペースもつかめてくる。
堅実な人間はそろそろ所帯をもつ心構えもできてくるころだが、私はまだまだ独身貴族を謳歌していた。
80年代中ころ、バブル前夜の脳天気な若手サライーマンの一週間である。
月曜日
昨日のサッカーの疲れと関係なく、朝は常に弱い。
東京駅から大手町まで走ってギリギリ9時に会社に飛び込む。入り口に人事のO氏が立っていてきわめて感じが悪い。
上司のOさんは朝が早い。同期のM嬢と争うように8時半前には出社するそうだ。
他の上司たちは私と似たり寄ったりである。ボスのMさんは9時半ころそっと小部屋に入ってくる。個室の利点である。
Oさんに11時半に昼飯に誘われる。社員食堂にはもちろん誰もいない。
昼休みうだうだしていると、仕事が昼休みにくい込んだ同期のSが飯がまだだという。一時過ぎにもう一回社員食堂に行く。付き合いのよさと無敵の胃袋である。
今日は週明けだから早く帰ろうと思っていると、5時半ころから小部屋の小さい会議テーブルに人が集まりだした。用事もないのに帰るわけにはいかない。手分けして酒とつまみの準備をする。
7時ころつまみもなくなってお開きになった。上司のHさんが近くで続きをしようと言う。いつものパターンである。
隣のビルの地下のパブでまずい肴で呑む。ロシア貿易をいかに発展させるかという議論である。
9時ころお開きにして大手町の交差点にでると、Hさんは銀座に行こうと、UさんとSと私をタクシーに押し込む。いつものパターンである。
HさんのなじみのKという店である。ママさんとマリちゃんという私よりちょっと年上の女の子の二人だけの店である。クラブというよりアフタークラブを狙った店なのだろう、コックもいてツマミも美味い。
HさんとUさんの堂々巡りの議論で結局一時を過ぎる。タクシー券をもらって帰る。
火曜日
東京駅大手町間のダッシュはきつかった。
昼過ぎに同期のMから内線電話が入る。麻雀の誘いである。
5時半に一階ロビーで待ち合わせる。エレベーターから出てくる知り合いの人たちにいちいち挨拶するのが面倒くさい。
4人あいのりのタクシーで八重洲にでる。今日は同期の3名と財務部の先輩である。だんだんと先輩と麻雀する機会が増えてきた。
東海道線の最終一本前の電車で帰る。
水曜日
今日は前から約束していたデートの日である。
昼過ぎに輸出品の船積みの視察のため、晴海に停泊しているロシアの貨物船に行くことになった。
船長室に通されると、奥の部屋から船長はウオトカを持ち出し、中年の女性が豚の脂やニシンなどを運んできた。。貨物船で女性が働いていることに感心した。乾杯を繰り返し結局昼から一本は飲まされた。
夕刻会社に戻っても仕事にならない。水をたくさん飲んで空いている会議室で寝る。
待ち合わせ場所は赤坂である。大学の後輩がバイトしているカレー屋に彼女を連れて行った。カレー屋といっても、クラブを居抜きで利用しているので内装がすばらしい。ふかふかしたソファーが眠気を誘った。
たった何分だとは思うが、ふっと眼が覚めると、彼女は黙って私を見ていた。
「今日はもう帰ろ」
彼女の提案に反対できなかった。
「オトシマエつけてもらうからね」
彼女は言った。
木曜日
脂汗を浮かべながら朝また走った。
昨日のツケで仕事がたくさんある。日曜にモスクワに行く上司が持参する書類を準備する必要があるのだ。
ロシア側に提出する技術書類、見積もり8セットである。外注した翻訳に価格を入れ、カタログを添付しファイルする。書類だけでダンボール箱二つになる。そのほかに食料品、みやげ物など箱は10個になり、あいているスペースは荷物置き場と化した。
上司の出張準備以外に自分の仕事もたまっている。結局終わったのは10時を過ぎていた。
たくさん仕事をした後は酒が飲みたくなる。ストックしてあるコニャックを飲んでいると、同期のSもようやく仕事が終わったようである。
私が時間を気にしていると、安く泊まれるところがあるという。喜んで神田までタクシーをとばし、居酒屋になだれこんだ。
彼の言う安く泊まれるホテルは鶯谷のラブホテルだった。しかも男二人連れで、四軒断られた。私はサウナでも行こうと主張したが、彼は粘って5軒目の宿に泊まれた。ふとんをもうひとつ敷く手間賃千円追加で取られた。
金曜
上司にモスクワに持って行く冷凍マグロを冷蔵庫に取りにいってくれと頼まれた。
発泡スチロール函をかついで月島の冷蔵庫に向かう。金曜日だけに道も混んでいる。ドライアイス屋は帝国ホテルの裏にある。すべてタクシーで移動して、マグロはさらに高くなった。
夕方宅急便屋が空港までの貨物をとりに来てようやくひと段落ついた。出張を祝ってまた事務所の会議テーブルで宴会が始まる。
今日は同期のY嬢に誘われていた。彼女は遊び仲間を作って、そこに私をよく誘った。
先約があるからと中座して、一階ロビーでY嬢やその仲間と待ち合わせ、六本木にタクシーで向かう。
デイスコビルは人でごった返していた。フィリピンのオカマのショーがあるという店に入る。
かわいいオカマがショーの途中でみかんを客に渡す場面があるらしく、それを知っているほかの客がさしだす手をかいくぐって、彼女はわざわざ遠くにいる私に渡した。店全体の嫉妬を買った。
隔週土曜日は半ドンの出勤だったが、明日は休みである。
終電の東海道線で帰った。
こんな一週間をずっと続けていた。
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