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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第99葉(巻4・728)

 人もき 国もあらぬか 吾妹子わぎもこと たづさきて たぐひておらむ

 人のいない国はないものか。恋人と手を取り合ってそこへ行き、寄り添っていたい。

 恋は秘め事。どうしても人目を気にします。相思相愛の仲でも人目を忍んで逢うしかありません。不自由です。窮屈です。こんなに好きなのに、嗚呼、何とかならんのか! と叫びたくもなります。
 作者は
大伴おおともの家持やかもち。恋人は坂上さかのうえの大嬢おおをとめ
 モダンな感覚の歌ですね。でも、人里を離れようにも、奈良の都は山に囲まれているし、山にはオオカミなんかもいますから、ちょっと大変。ここはひとつ、南の島へでも行かせてあげたくなります。珊瑚礁の浜辺で彼に寄り添う彼女は、ビキニ姿ということになりそうで、そんな写真を見た親は目をむくでしょうな。家持の父親(
大伴おおともの旅人たびと)や大嬢の母親(坂上さかのうえの郎女いらつめ)が取り乱す姿が目に浮かびます。そんな空想が成り立つほどの近代性がこの歌にはあります。

 ☆ ☆ ☆

 この『万葉恋歌』は百首を目途に綴ってきました。次が百番目。悩みます。しばらく悩ませてください。いったん休載。



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