カーステから流れているのは芹洋子の「坊がつる讃歌」。
♪人みな花に酔うときも 残雪恋し山に入り 涙を流す山男
雪解の水に春を知る♪
「坊がつる」とは、九州の九重連山に囲まれた高地の地名である。この曲は、かつて山岳に分け入る山男たちが歌っていた。ダミ声で歌えば野趣がある。まさに山男の歌である。しかし芹洋子が歌うと、感じがまるっきり変わる。清涼な空気そのものになる。夾雑物がまったくない。透明で深い。聴く者の眼前に山の景色が広がる。山男たちも風景の一部になる。坊がつるには美しい精霊がいて、その精霊が自分の領地を言祝いでいるかのようである。「四季の歌」の芹洋子もよかったが、あれは才能の片鱗にすぎない。彼女の真骨頂に接するには、この「坊がつる讃歌」を聴くべきである。山岳学生たちが即興で作り、山で歌い継がれたこの曲を、芹洋子は名歌に仕上げてしまった。
(亮)
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