第1話 猫の表札
畑と住宅がまだら模様に続いているところに、小さなクリ林があります。
その横に、赤い屋根の白いおうちがありますね。
玄関先の白い扉に猫の表札がかかっています。
ほら、ぶかっこうな四角い板にマジックインキで住所が書いてあって、その上に木彫りの猫がくっついているでしょう。
こんな表札はめずらしいから、郵便屋さんも、配達の人も、このおうちには猫がいるんだなと思っています。
そうです。このあいだまで、このおうちには猫がいたのです。
茶虎のきれいな猫でした。
チャトランと呼ばれていました。
チャトランはもういません。
それでも猫の表札はかかったままです。
おうちの中に入ると、あっちにも、こっちにも、チャトランの写真が置いてあります。
玄関の上がり口には、正座したチャトランがいます。
ソファのところのチャトランは、気持ちよさそうに眠っています。
出窓のチャトランは、お気に入りの座布団に頭を乗せ、瞳をくるくるあけて部屋の中を眺めています。
客間にはひっくり返ってじゃれるチャトランがいて、居間のチャトランは小さなボールを抱えて遊んでいます。
でも、どのチャトランも写真の中。
チャトランは、死んだのです。
(2006.1.23.)
|