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 第5話 影武者物語 その1
    〜プロローグ


 毎朝、決まった時間、自宅のベランダに、餌を求めて来るキジ鳩のつがいがいる。

雨の日も、風の日も、オスに先導されたメスが、三歩下がって遠慮深げに付いて来るが、決して先に餌箱に近づく事はない、オスが食べ始めたのを確かめてから箱の中に入る。

半年程前、餌箱をのぞくと、見慣れないキジ鳩が座っていた、まるで卵でも抱いているようだが、体は萎縮して目は白いまぶたで閉じていた。青空を遮る物一つないベランダはカラスに襲われる危険一杯な場所なので、疑問に思った私がそっと近づくと、羽を叩いて柵の向こうで降りた、胴体着陸であった。このキジ鳩は怪我していて足が使えないのだ、しかも相当弱っているように見えた。何とかして助けたいが私は無力を感じた。しかたがなく箱に餌を撒いて声をかけてみたが、うずくまって反応しなかった、柵を爪で鳴らした時である、キジ鳩は頭を180度回してこちらを向いた、そして私が金属音のリズムを速めて強くすると、最後の力を振り絞ったように羽をバタつかせて箱の中に落ちたのである。しばらくすると、座った姿勢で餌を食べ始めたので私はホッとした。

そこへ餌場の主人「親分」が飛来してきたのである。逃げ遅れると容赦なく爪で引っかかれるか、くちばしでつつかれるが喧嘩はしない、よそ者が早々退却するのがどうやらキジ鳩の世界では常識となっているようだ。さあ大変、動けないメスはどうするかと思いきや、親分を完全無視し、且つ図々しく餌を食べ続けたのであった。これは人間社会で見られる「開き直り」かな、もっと驚いたのは親分の行動であります。相手をしばらく観察したと思ったら、何と文句一つ言わずに餌箱に入り仲良く食べ始めたのである。私は感動した、さすがは「親分」、怪我をして弱りきった者はいじめない。

あれからしばらく、私は給餌係と応援団長をつとめて、親分はそのメスの警備役に徹した。ある日、メスは立つがことができたが、左足首がまがってぶら下っていた。これではカラスの餌食になる、いっそのことベランダに鳩小屋を建てることまで考えました。が、野生の動物は強し、そうこうしている内、メスはビッコを引きながらも怪我した左足が着くのを見て、骨折ではないと分かりホッとした。

またある日、親分が刀で切られたような酷い怪我をした。両羽の付け根付近の縦に長い傷で、しかも左側は首から伸びていたのである。親分は胸が厚く、足回りがしっかりして、歩き方、風格も鷲のようだが、違いといえば首が太かった。やはりカラスに襲われたのか、あれだけの体格であったので助かったのだと思った。

このように怪我したつがいを他のキジ鳩と判別するのは容易であった、この期間中に怪我克服の過程でじっくり体の特徴を観察する機会にも恵まれたのである。しかし、そこが自然界の法則、目立っては狙われやすいので、その内、外観だけでは見極めが大変難しくなりました。特にオスが単独で飛来してくることがあって、体形,模様柄がそっくりだがどことなく違うと迷いながらも餌を与えると、親分が飛来して相手を追い出すのである、「影武者」の到来です。そこで自分の「影武者」に遭遇した時を思い出したのであります。

 続く
 



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