ギリシャ随想シリーズ (15)ミケーネ文明

 紀元前16世紀頃、ギリシャ本土のペロポネソス半島に新たな文明が誕生した。
 中心都市ミュケナイ(ミケーネ)の名をとってミケーネ文明と呼ばれる。
 これに先立つミノア文明は、いわば先住民族による文明であり、
 一般的に我々が「ギリシャ人」として認識しているのは
 このミケーネ文明以降の人々である。

 シュリーマンの発掘によって一躍その名を世界に知らしめたこの文明は、
 軍事的性格が強く、強力な王権のもと、戦争を繰り返しながら
 勢力を拡大していった。
 トロイ戦争を扱った名高いホメロスの叙事詩『イーリアス』は
 この時代をモデルにして描かれたものである。

 シュリーマンは『イーリアス』の叙述を信じて発掘をおこなったのだが、
 これはものすごいことである。
 当時『イーリアス』は物語としてしか捉えられていなかった。
 たとえて言うなら、浦島太郎伝説をもとにして竜宮城を探すようなものである。
 実際、発掘当初は相当白い目で見られていたらしい。
 しかしシュリーマンは恐ろしいほどの信念の力で成功させてしまうのである。
 彼は考古学者でも歴史学者でもなかった。
 学者の面目丸潰れであったが、素人だからこそ学会の常識や学問の
 思い込みに捕らわれず、自由な発想の下に発掘ができたのかもしれない。
 歴史に残る大発見というものは、専門家ではなく素人によってなされる
 ということがままあるのは、一見不思議ではあるが、全く理由がないわけでも
 ないのである。

 ミケーネ文明の勢力はエジプトやヒッタイトと肩を並べるほどまでに発展し、
 紀元前12世紀に崩壊するまでギリシャ全土を支配した。
 この崩壊の原因も諸説ある。
 その一つに、「海の民」の襲来説がある。
 「海の民」とは、当時地中海を席巻し、エジプトを襲い、ヒッタイトを滅ぼした
 強力な、しかし詳細は何もわかっていない謎の民族である。
 彼らの存在はギリシャ史上の謎というより、世界史上の謎といえる。

 (2004.7.14)

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