ギリシャ随想シリーズ (9)ギリシャの国名

 ギリシャのことを「ギリシャ」と呼ぶのは日本人だけである。
 これは英語の「グリース」(Greece)から派生したというか、
 日本風になまったものだが、
 実はこの「グリース」からして、誤解のたまものである。

 古代、イタリア半島のギリシャ植民市にグラキア(おそらくGraeciaと表記)
 という町があった。
 ローマ人たちはその都市の名前をもってギリシャ全体をグラキアと
 呼ぶようになった。これは言うなれば「勘違い」「早とちり」。
 イタリアのグラキアという町にギリシャ人が多く住んでいたので、
 単純なローマ人は彼らの母国をもグラキアと呼んでしまったわけである。
 現在の英語のGreeceは、このラテン語のGraeciaから転じたものである。

 このGraeciaという文字、元の発音は「グラキア」だが、
 英語風に読むと「グラシャ」「グレシャ」あるいは「グリーシャ」。
 ひょっとして日本語の「ギリシャ」はこれから来ているのかもしれない。

 ではギリシャ人自身は自分たちのことをどう呼んでいたかというと、
 「ヘレネス」である。これは文字通りに訳せば「ヘレンの息子たち」。
 「ヘレン」というのはギリシャの伝説上の王の名前である。
 そして「ヘレンの息子たち」が住んでいる場所を「ヘラス」と呼んだ。
 つまりギリシャ語でギリシャのことは「ヘラス」という。
 これは古代も現代も変わらない。
 ちなみに現代ギリシャの正式国名を英語に直訳すると、
 Hellenic Republicである。

 アレキサンダー大王の征服地で栄えた文化を「ヘレニズム文化」などと
 教科書では仰々しく教えるが、何のことはない、これは「ギリシャ風文化」
 というほどの意味である。

 ところで、ギリシャの漢字表記は「希臘」と書く。
 これは日本人が「ギリシャ」という音に勝手に付けた当て字ではない。
 一見、ギリシャの「ギ」と希臘の「希」が対応しているように見えるが、
 そうではなくて、これは実は中国語である。中国で「希」は「ヘ」と読む。
 つまり中国には、シルクロードを通って、ギリシャから本来の「ヘラス」と
 いう言葉がちゃんと伝わっていた。
 もし古代中国が仏典や花瓶と一緒に「ヘラス」という言葉も日本に
 伝えていたとしたら、日本人はギリシャを「ヘラス」と正しく呼んでいた
 かもしれない。歴史の妙である。

 (2004.5.28)

ギリシャ随想シリーズ目次