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ハマっ子ノスタルジー

       

       
 「暗さ自慢」
 (第81話)

 今回は新潟の学校の先生Kと「暗さ」について架空対談します。

K 「どーした。ネタ切れか。オレを引きずり出すなよ」
広 「そういわずにつきあってくれ。今日は昨今のクラーイことを蔑視する風潮に対抗して、暗いことがいかに素晴らしい文化かを話し合いたいと思います」
K 「それで裏日本のオレに声かけたわけか。そもそも横浜のコーラ屋の息子のノスタルジーにつきあってられんけどな」
広 「まあそう言わんと。冬の日本海の暗い海は知らなくとも、陽射しの強い湘南海岸には深い影ができるのです。石川セリの『八月の濡れた砂』みたいに」
K 「そこから来たか。石川セリもいいけど山崎ハコだな。『呪い』とか」
広 「それと定番の中島みゆき。最近でも「世情」なんか暗くていいぜ」
K 「みゆきはやはり初期のものがいいな。『化粧』とか『うらみます』とか」
広 「われわれは断然荒井由美よりみゆき派だったもんな」
K 「一緒にするな」
広 「藤圭子のデビューは衝撃的だったな。『圭子の夢は夜ひらく』なんか鳥肌がたった。藤圭子はどこの出身なんだろ」
K 「今度は歌謡曲か。『昭和ブルース』とか」
広 「天知茂ね。カラオケスナックでヘゲモニーとれるとき、周りからヒンシュク買いつつ暗い歌特集をよくやるんだ。昭和ブルースもランクインしてたな」
K 「好きにしてくれ」
広 「都はるみの『天女伝説』って知ってるか。仏教用語がやたらでてきて、西方浄土から裏切ったあなたを見守っています、というやつ。バックにお経が流れるんだぜ。あまりに暗くてカラオケ屋でもなかなか見つからない」
K 「ふーん(バカにした相槌)」
広 「芝居でもよく使ってただろ。近松心中もの(蜷川幸男演出)の『それは恋』とか」
K 「太地喜和子あっさり死んじゃったもんなあ」
広 「そもそも芝居やってる連中は暗かったなあ。化石的サヨクと双璧だった」
K 「ほっとけ」
広 「おまえの芝居もよくわからなかった。よく連れて行ってもらった赤テント(唐十郎の状況劇場)なんかはわからんなりに面白かったけど」
K 「前にも話したかもしれんけど、芝居仲間の宴会で先輩の隣の席に移ると、彼は何しに来たんだとすごむんだ。いや何しにと言われてもと言葉を濁すと、何か言いたくて来たはずだ、と議論をふっかける。たまらんかったなあ。おまえは団塊の世代に寛大だけど」
広 「結局野田の芝居(野田秀樹の『夢の遊眠社』のこと。彼のアマチュア時代よく観ていた)みたいのがメジャーになったんだな」
K 「−−−。転換期だったのかもな」
広 「ロシア文学を選択したこと自体暗いと言われたもんな」
K 「チエホフは暗くないけどね」
広 「例外さ。何度もロシアに行って思ったんだ。ロシアは冬だと、凍てつく空気と滑る歩道で、走ることはおろか上を見上げることもできない。肩をすぼめて皆歩くんだ。その静寂から思索が産まれると思ったね。自動車の騒音とスモッグだらけの今のロシアの町では深い思索などできやしない」
K 「そうだろうな。現代文学とか、映画とか聴いたことないもんな」
広 「ロシアは暗さが似合います」
K 「歳取るとしかめ面して生きるのも疲れるけどね」
広 「確かにどんな悲劇でも共感するものなければ救いがないもんな」
K 「カラマーゾフや蟹工船が読まれる時代がいいとも思えんしな」
広 「最近は藤沢周平を老後の楽しみにと考えています」
K 「藤沢周平も初期の作品は救いのない暗さだったけど、ある時点からふっきれたようにハッピーエンドになった」
広 「結局暗いだけでは自慢にならないか」
K 「今頃わかったか」

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