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第1話 初めての翻訳
父の仕事の関係で中学二年生になってすぐモスクワへ行った。
現地のロシア人ばかりの中学校に通い始めて1ヶ月たったら夏休みになった。
3ヶ月もある夏休み、家にいてもしようがない、友だちを作ってロシア語も早く覚えなさいということでラーゲリへ行かされた。
“ラーゲリ”は「強制収容所」と訳されることが多いが、ここで言う“ラーゲリ”はそうではない。生徒たちのサマーキャンプ場みたいなところである。
ロシア語はもちろん全くわからず、英語は日本の中学校で一年間勉強しただけだったので、英語で伝えられることもたかが知れている。それに英語が得意な子も少なかった。みんな親切で色々と世話を焼いてくれたが、身振りで通じないときは辞書を引いて意志を伝え合った。
あるとき「ミール」を日本語で書いてくれといわれた。それまで何度か自分の名前を日本語で書いてと友達に頼まれたから、また誰かの名前かなと思いながら、カタカナで「ミール」と書いた。書く前には「ミールルルルッ」とロシア特有の巻き舌で何度も発音してくれた。
その後、何かの式典のとき、布にいろんな国の言葉でミールの訳語が書いてあった。ミールとは平和という意味のロシア語で、「平和」と日本語で書いて欲しかったのだなとそのときやっとわかったが、そのころには友だちみんながカタカナで「ミール」と書けるようになっていた。
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