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さくら野貿易
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ラーゲリの歌声


 第32話 森に薪を持っていく

 チェーホフの短編で「子犬を連れた貴婦人」というのがある。大学の授業で繰り返し映画を見せられたので覚えているのだが、中に「トゥーラにサモワールを持っていくなんて!」というせりふがある。サモワールというのは、昔の湯沸かし器で、中に炭を入れて湯をわかす。テーブルでお茶を飲むときの必需品である。トゥーラは、そのサモワールの産地。トゥーラへ行くなら、現地でサモワールを調達すればいい、家から持っていく必要がないということ。短編の舞台は避寒地の南の海。せっかく遊びに来たのだから、羽目を外せばいいのに、奥さんを連れて遊びに来るなんて馬鹿だということをこのせりふで表していた。
 会社の駐在員(ロシア人)が日本へ旅行する際、奥さんを連れて行くと聞いたら、他の駐在員や取引先のロシア人は口を揃えて「森へ薪を背負っていくようなものだ」とやはり馬鹿にした。表現は違うが同じ事を言っている。


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