第46話 紅茶
ソ連時代、コーヒーはほとんど出回っていなかった。飲むのは紅茶だった。
茶葉はインド産だったり、グルジア産だったりしたが、お茶の入れ方が日本とは違った。前もってお茶を濃く煮出したものを作っておき、それをシュンシュンに湧かしたお湯で薄めて飲むのである。
何故かこの方式で入れたお茶はおいしかった。寒いとき外から家に入ってお茶を飲むと芯から体が温まる。
あまりにお茶が熱くて口が付けられないときは、ソーサーにお茶をこぼし入れ、少しさましてから、ズズーとソーサーに口をつけて飲む。ちょっと行儀悪いみたいだが、いい年のおじさんがそうやって飲んでいる姿はかわいい。
日本でロシアンティーというと紅茶の中にジャムを入れるが、私が向こうでご馳走になったときは、ジャムはお茶には入れず、別の小さな入れ物に入れてくれた。自家製ジャムを少し口に含んではお茶を飲む。飲んではジャムを口へ。この繰り返しであった。これもまた格別の味わい。そうしているうちに体はだんだん温まってくる。
あるとき両親が知り合いの家を訪ねた。そのロシア人はお茶を飲んでいくように勧めてくれたのに、父が欲しくないと断ったら「お茶も飲まないで、どこから力が出るのか」と言われてしまった。やはりロシアでは熱いお茶は力の源と考えられているらしい。
ただ近年はロシアもご多分に漏れず、ティーバッグが普及してきている。興醒めである。モスクワにスターバックスは似合わない。出て来て欲しくなかったが、もうある。
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