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いわし雲
                           鈴木 敬一


「ほたるいか」(富山県)−富山湾の神秘−
原画作者:石田俊良<日本画家>


第37話「蛍イカ」

 先日、富山湾で蛍イカが漁獲されるさまを見る機会があった。蛍イカはその味もさることながら、青白い光を発することでつとに有名で、大変、神秘的な生き物である。富山湾は日本海のほぼ中央に位置する外洋性の湾で沖合い700メートル以内はこのイカの産卵群海面として特別天然記念物に指定されている。漁期は3月初めに解禁され、6月までの3ヶ月間である。この時期、日中は沖合いの200〜400メートルという深海に生息し、夜間に産卵や餌を求めて海面に浮上し陸近くまで接近してくる。
 深夜、丑三つ時の午前2時頃から明け方までの数時間、湾内に設置された定置網に入ったイカを捕獲する。網を引き寄せると蛍イカは外敵から身を守ろうとして、青白い光を発する。漁船の光が消されると、真っ暗い海面に無数の青白い光が点滅するが、それは丁度群がる源氏蛍の中に身をおいた時と同じような神秘的で妖艶な風情を感じた。この光の強さは源氏蛍の10倍はあるとのこと。蛍イカは鮮度落ちが激しいため、水揚げされたら即刻、加工場でボイルされ、その日の昼過ぎには主要都市の魚市場に運ばれ、人々の口を楽しませてくれる。
 筆者が見た時、小型のカタクチイワシがかなり混入していたが、漁師さん達は網を海面すれすれに引き寄せ、巧みにこのイワシだけを海中に放逐してしまった。
 発光魚は一般に深海に生息する魚に多いという。なぜ光を発するのか。餌をおびき寄せるため、また、敵を威嚇し身を守るためであり、蛍イカの場合は後者である。
 人間は自らは発光しない。その代わり「人は火を使う動物である」といわれるように火を光源として、また、熱源として活用して生活を豊かにし、文化を発展させきた。もちろん蛍イカと同じように外敵を威嚇し身を守るためにも役立たせてきた。
 古来、光と火をめぐって数多くの物語が語り伝えられてきている。漆黒の暗夜に点滅する青白い光、ゆらめく火影は神秘的な威圧感と同時にコワク蠱惑的な魔力を有しているからであろう。
 この神秘と不思議な光に魅せられた春の富山の海でのひと時は、筆者の忘れ難い思い出として残ることであろう。 


 
(本稿は『日刊食料新聞』 2010年4月30日に掲載されたものです)
  

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