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いわし雲
                           鈴木 敬一



 第12話 「ワールド・カップ戦雑感

 わたしの友人たちからワールド・カップ戦に対する諸々の意見や感想がこのところ頻繁にネットでメールしてくる。その中身は熱狂的な日本チームへの声援や、作戦の批判やらで何とも騒々しい限りである。中には「いざ征(い)け、強者よ、日本男児」などという時代がかった戦歌まで飛び出す始末。
 かつて三十年も以前、わたしは英国に駐在していたが、ワールド・カップ戦が始まると代表チームを送り込んだ国はもちろんのことだが、本戦に勝ち進めなかった近隣の他の国々も、この間、仕事はまったくそっちのけで往生したことを思い出す。
 この点では早朝四時に起床してまで観戦するという日本も、欧州、南米に近くなってきたのであろう。
 ただし、勝ち負けに余り拘泥するつもりはないが、同点の場合、PK戦で決めると言うのはどうも納得がいかない。しかもわずか5人くらいで決まってしまうというのは、もはや、運としか言いようがない。あれほど高い名誉をかけ、体力の限界を尽くし、国民の大声援を背にした試合が、ジャンケンに近い形で、しかも数分間で決せられるのは、いかにも理不尽と思うのはわたしだけであろうか。日程の都合もあろうが、日を改めて再試合を行う方式が出来ないだろうか。
 いずれにせよ熱狂的な思いを込めたメールを見るごとに、私は鎌倉初期の歌人、藤原定家が記した「名月記」の「紅旗征戎わがことに非(あら)ず」という一文を思い出す。紅旗征戎(戦争)やまつりごとなどの俗事に煩わされずに自分は歌の道をただひたすらにつき進むということであろう。
 わたしはそれほど高邁(こうまい)な目標も意志もないが、一般紙までが一面にスポーツ記事を掲載しているのは、いかがなものであろうか。


   (本稿は『水産週報』 2006年7月25日に掲載されたものです)


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