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いわし雲
                           鈴木 敬一




 第14話 「花火

 夏の夜の風物詩を代表する花火。「さっと開いて三日見ぬ間にパラパラと散ってしまう桜の花は江戸っ子的である。ドンという間にパパッと消えて跡なき花火は、さらに江戸っ子的である」(「東京年中行事」より)。
 桜は古来、万葉の時代から花の王、国花として日本人の美意識や精神的支柱として愛好され続けてきた。一方、花火は人工的に調合された火薬を原料としているが、江戸中期、庶民の間で広くもてはやされるようになり、夏の夜には欠かせない大きな楽しみの一つとなった。
 両国の川開きの花火が始まったのもこのころである。その技術は時代とともに一層精緻(せいち)に磨き込まれ形、色彩、色模様はますます華麗化してきている。
 「火の芸術」として日本の花火は、今や世界で最も優れた芸術作品として高い評価を受けている。発射された花火が空に登り詰め、上昇力を失い落下に移る瞬間に破裂し正確な円を描き、中に詰められた星が四方八方に紅、青、緑等の花弁となって飛び散り、瞬時の間、夜空を彩る。まさしく空に舞う錦絵である。
 子どもの時に縁台で家族と楽しんだ線香花火も忘れ難い思い出であるが、昨今、花火大会は年々盛大で豪華になってきており、特に速射連発花火によるハーモニーが人気の中心を占め重視されている。
 いずれにせよ、花火は絵画、彫刻等や民芸作品とは異なり、人々の一瞬の記憶に刻まれ、そして消えていくはかない常性がある。また、女性の浴衣姿とうちわがよく似合うのも花火の夜である。
 「母の背で 聞くや 花火の遠き音」これは、数年前の盂蘭盆会(うらぼんえ)でわたしが、亡き母を偲(しの)んで詠んだ一句。


   (本稿は『水産週報』 2006年9月25日に掲載されたものです)


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