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いわし雲
                           鈴木 敬一



第27話「お袋の味」

 生物学に「インプリンティング」または「すり込み」という言葉がある。生後、早い時期に学習したことは生涯にわたって定着するという行動様式を指す。
 ガンやカモはふ化した直後に初めて出会った動く物体を追いかけるようになる。また、サケが生誕した河川に回帰するのは、生まれ育った河川の臭いが記憶にインプットされた結果だという説がある。子供の時の教育、しつけ、環境がいかに重要であるかを示している。
 かつて、ある音楽教育家が美智子皇后の皇太子妃時代に、日本で昔から歌い継がれてきた子守唄は、お子様にあまり聞かせないようにとアドバイスした由。理由はあの哀調を帯びたメランコリックでヨナ抜き音階の子守唄を幼児にひんぱんに聞かせたり歌わせたりすると、さきざき音楽性がゆがめられることが危惧されるから。事の是非には論があろうが、一つの見方であろう。
 魚離れが言われて久しい。ゆゆしき事態であり様々な対応策が提言されているが、あまりめぼしい効果はあがっていない。食についても、このインプリンティングが適用できよう。
 幼少期に覚えた食べ物の味は生涯忘れ難く、常にその食への懐古と回帰したい思いがついてまわる。これが「お袋の味」であり、「古里の料理」である。子供の頃に家庭や学校給食で、どれだけ魚を食べさせたかにより、成人後の魚摂取量が決まるのである。この意味で母親や学校給食関係者への啓蒙は大変、重要である。
 本稿は資源問題研究会の立石五郎氏の論文に負っているところ大である。深謝。
 
(本稿は『日刊食料新聞』 2010年2月19日に掲載されたものです)
  

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