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いわし雲
                           鈴木 敬一



第34話「たら・れば」

 「…だったら」「…していれば」という仮定の表現で大体において過去の行為や出来事に対する言い訳や後悔、くやしさを表すが、現在や未来における仮定、希望を示すこともある。個人の行為だけでなく歴史上の出来事に対しても適用される。いわゆる歴史の「IF」である。
 ゴルフ終了後の酒席で「あのOBがなかったら…」という愚痴や「宝くじで3億円当たったら…」「サッカーのワールド・カップで日本が決勝リーグまで勝ち進んだら…」などの夢物語にもなる。
 実現の可能性が高いと感ずるほど、その仮説はより一層、身近になり興味が喚起され、頭の中でストーリーが展開していく。
 歴史上の「たら・れば」について広く知られているのは、パスカルが言ったという「クレオパトラの鼻がいま少し低かったら、エジプトとローマの歴史は大きく変ったであろう」という話。人間が歴史を動かす主人公である以上、こういう仮定の話でしばし楽しいファンタジーの世界に浸ることができる。
 ここで筆者が日本の歴史上で最も心ひかれる「IF」をいくつか挙げてみたい。年代順に記せば、まず、浦賀に来航したペリーが、吉田松陰の切なる願いに応えて彼を米国に連れて帰ったらということ。次に、あの快男児、坂本龍馬が暗殺されなかったらという想定。
松蔭は29歳、龍馬は32歳の若さで非業の最期をとげている。たぐいまれな高潔な人格と卓越した才知を具備した俊英であり、時の日本が渇望していた人材だけにまことに残念のきわみである。
 坂の上の雲を追い求めていた日本は日露戦争という国難を何とか乗越えることができた。しかし、もし伊予が秋山好古、真之兄弟を産出しなかったら、日本の歴史も異なった別の道を歩んだことであろう。
 人生も歴史も後戻りはできない。出会いと遭遇が運命を決める。それに喜び、感謝し、悲しみ、憤りながら従っていくしか道はない。

(本稿は『日刊食料新聞』 2010年4月9日に掲載されたものです)
  

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