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いわし雲
                           鈴木 敬一



第35話「お茶漬けの味」

 日本料理は今や世界的に極めてポピュラーになり、その評価も高い。
 しかし、なぜか日本で長い間、大衆に親しまれ愛されてきたにもかかわらず、外国人には著しくなじみの薄い日本食がある。その第一に「お茶漬け」があげられる。日本と同じく米飯を主食とし、茶をたしなむ中国では「お茶漬け」を食べる食習慣はないという。熱いお茶や白湯を飯にかける単純な軽便食であるが、時には豪華な馳走の後口をサッパリさせる食事としての役目を果たしている。日本では古くから愛好されてきてい、「枕草子」や「源氏物語」にも湯づけとして登場する。簡便性に加え、味も魅力的で、特に漬物との合性の良さは抜群である。
 日本食の味の基点は「お茶漬け」にあるといっても言い過ぎではないであろう。
 「お茶漬け」に似たものに、お茶や白湯の代わりに味噌汁や煮汁を飯にかける「猫まんま(猫飯)」がある。マナーの上から、とかく批判されがちであるが、おいしさから食べたい誘惑に勝てない場合が多い。小津安二郎の映画、「お茶漬けの味」にこの批判の一情景が出てくる。
 次は「卵かけご飯」である。朝食で日本人が好む代表的なメニューであるが、外国では卵を生食として用いる食習慣はほとんどないだけに、「卵かけご飯」は彼らにはカルチャー・ショックかも知れない。しかし、熱々のご飯に卵をかけ、半熟状態にして適度のねばり気と甘みが出たところにアジの干物かノリをおかずにしての朝食は、まさしく「よくぞ日本に生まれけり」を実感する幸せのひと時である。
 これらの食事はいずれも多彩な食材や手がこんだ調理とは全く縁遠く、料理とは呼べないような単純な食べものである。しかし、この素朴で庶民的な、里山の眺めにも似た純日本式の愛すべき食事を外国人にもぜひ味わってもらいたいと思う。ここには「日本の心」があるからである。
 同時に、私達も外国で多くの人々が日常的に食し、楽しんでいる伝統的なその国の庶民料理に接する機会をぜひとも持ちたいと思うし、持つべきである。その国の心を知るためにも。

 
(本稿は『日刊食料新聞』 2010年4月16日に掲載されたものです)
  

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