さくら野文壇 

【書評】


『天空の蜂』(東野圭吾 講談社)

石油などのエネルギー資源が極端に少ない日本では、水力、火力、風力は言うに及ばず、原子力発電も大きなエネルギーの供給元であることは否定できない事実である。
昨今、原子力発電所の事故が相次ぎ、原子力発電についての見直しが現在も論じられている。
ただ論じている我々も原子力発電の詳細についてはTVからのうろ覚えの知識がほとんどではないだろうか。

原子力発電について取り上げた小説も多いが、本書はその中でも秀逸であるといえるだろう。従来の原子力発電の考え方、最新の原理、発電所内の構造、軍事ヘリコプター製作にいたる過程、またそのヘリコプターの内部、飛行原理、運転方法まで事細かな調査の上で成り立っている作品である。しかも、素人が読んでも「見た目は○○に見える」などという表現を織り交ぜ、専門家でなくても光景がわかるようになっている。

また、話の流れも突拍子がなくて面白い。ある日、試験運用予定の軍事ヘリが関係者たちの目の前で無人のまま強奪される。呆然とする関係者にヘリ発見の報告が入る。場所は、北陸の最新式原子力発電所の真上。しかも高度は徐々に上がっていっているというのだ。そのとき、強奪犯からの「二十四時間以内に国内全ての原子力発電所を止めろ、さもなければヘリを発電所に墜落させる」というメッセージが届く。更に驚くべきことに、無人のはずだったヘリの中に人がいたことが判明。
果たして、ヘリは落とされるのか。政府は強奪犯の要求に従い、発電所を止めるのか。また、ヘリに乗っている人はどうなるのか。そしてそれは誰なのか。

ヘリの墜落を回避しようと懸命の努力をする研究者の姿に共感し、緊急事態であるのに官僚であり続ける人間に憤りをおぼえる。
800ページに及ぶ長編だが、一ページ一ページがもどかしく感じてしょうがなかった。

推理小説であるから、もちろん最終的に犯人がいて捕まる、というプロセスを辿ってはいるが、本書は単なる推理小説ではなく、読者に対してあからさまに社会問題を現実的側面から鋭く提起した社会派作品とも呼べると思う。
つまり、原子力発電は危険だからない方がいいと思いますか? という理論武装した問いではなく、原子力発電がなくなったら生活していけますか? というある意味究極の問いを。答えは作品中で出されることはない。

(2005.4.18. 奥 三佳子)

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