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さくら野歌壇
万葉恋歌
中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む
上野亮介
第1葉(巻4・488)
君待つと わが
恋
こ
ひをれば わが
屋戸
やど
の すだれ動かし 秋の風吹く
万葉屈指の女流歌人、
額田王
ぬかたのおおきみ
の歌です。七世紀の古代日本語です。現代語とほとんど変わりません。
「恋ひ
居
を
れば」という表現が静かです。恋する心を胸にしまって待っている。そんなとき、
簾
すだれ
が風で動いたのです。彼女はそれを、恋人が訪れる予兆だと思ったのかもしれません。あるいは、来たのは恋人ではなく風であったか、という感じかな。それとも、恋人の動向に直接結びつける意識が働いたわけでもなくて、繊細な感性がふと捉えた眼前の小さな動きを描写したのでしょうか。どう解釈するのも自由です。でも、この風が秋風だというところが胸にキュンと響きます。風は作者の心をも、そこはかとなく揺らしている。静かなたたずまいの中、心の微妙な動きを歌い上げた名歌です。
この歌をあえて現代語にすれば、「あなたを待って私が恋心を募らせていると、私の家の簾を動かして秋の風が吹く」。意味は似かよっていても、恋の呼吸が消えてしまいます。「君待つと」の簡潔な言葉が投げかける作者の思い、「わが恋ひをれば、わが屋戸の」と続く頭韻の波動、「すだれ動かし、秋の風吹く」の余情、そういったものは原歌のままでなければ感じ取れません。詩歌にはリズムがあります。歌の調子、格調といってもよい。そのリズムが歌に呼吸を与え、歌意と混然一体になっているのです。原歌を口ずさめば、作者の息づかいがスーと伝わってくるでしょう。
万葉集は千数百年も昔の言語で綴られています。この歌のように現代語とあまり変わらない言葉ばかりではありません。現代語では失われている古語も数多く含まれています。これから揚げてゆく歌に付してある現代語訳は、それらの古語の理解の一助として、歌の意味だけを分離して取り出したものです。それはあくまで歌というものの断片であり、解釈上の参考にすぎず、歌の生命は原歌の中にあるとご理解ください。
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