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万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第9葉(巻4・415)
 家にあれば いもが手まかむ 草枕 旅にこやせる この旅人たびとあはれ

 家にいれば妻の手を枕に寝るだろうに、草を枕に横たわっているこの旅人の哀れさよ。

 これは恋歌ではなく
挽歌ばんか、死者をいたむ歌です。旅の途中、行き倒れたむくろを見て聖徳しょうとく太子たいしが詠んだ歌。無名の死者に注ぐあふれるような慈悲が感じられます。同時に注目したいのは、「家にあれば妹が手まかむ」という詩句です。「いも」は妻や恋人を指します。そういう関係の女人と手枕を交わして寝るというのは、性愛の象徴的表現。愛する人と一緒に寝るのが幸せなのだと太子は考えているのです。仏教を篤くうやまった太子ですが、人間の幸せに思いを馳せ、性愛を率直に肯定している。仏典につきものの難しい説教より人間味があります。聖徳太子という方は偉いですね。



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