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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第13葉(巻12・3119)
 明日よりは 恋ひつつもあらむ 今宵こよひだに はや初夜よひより ひも吾妹わぎも

 今回も紐を解く歌です。歌意は「明日からは逢えずにまた恋い慕うことだろう。だからせめて今宵だけでも、速く宵のうちから紐を解いて服を脱ぎなさい、いとしい人よ」

吾妹わぎも」は「いも」のこと。音がつながって「わぎも」になりました。「わが妻」あるいは「私の恋人」という意味ですが、この歌の場合、英語の「マイ・ハニー」みたいな感じ。そういう関係にある女に向かって男が詠んだ歌。

今宵こよひ」「初夜よひ」という言葉が入っています。それがいつごろかというと、「今宵」は原文では「今夕」と表記されていますから、たぶん夕方遅くだと思われます。「初夜」は、「夜」という暗い時間帯の最初のころ。まあ午後七時とか八時あたりと思えばよい。普通は男が女のもとへ来るのはもっと遅いのですが、この男はかなり早くからやってきた。そして「速く服を脱ぎなさい」と迫っているのです。
 男というのはしようもないところがあって、こういう行動をとるのです。この歌の気分は現代の男たちにもよくわかります。でも不思議なのは、これが和歌だということ。「速く速く」と早口で女の服を脱がせにかかったのではないのです。和歌には作法があるはず。この歌に
ふしをつけて朗々と吟じたか。あるいは使いの者に言わせたか。そのへんがいったいどうであったのかよくわからないのですが、そのまのびした感じと歌意のせっかちさが合わない。「は〜や〜く〜、ひも〜、と〜け〜」と吟じている使者だか本人だかの姿を想像すると、なんだかおかしくて、つい笑ってしまいそうです。



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