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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第16葉(巻14・3359
 駿河するがの海 磯辺おしへふる 浜つづら いましをたのみ 母にたがひぬ

 駿河の海、磯に生える浜つづら、あなたをたのんで母にそむいてしまいました。

 東歌あずまうたに風物の描写があると、たいていの場合、それは比喩です。この歌も「浜つづらのように(どこまでも長く)」と解すべきなのかもしれませんが、実景でも通用します。太平洋の水平線、白波寄せる駿河の海、磯に延びる浜つづら、そこに少女がたたずんでいる。恋人を待つ少女です。結婚に反対する母に背き、ここまで出てきました。母を悲しませる後悔よりも、彼への信頼の方が強いのです。海も磯も浜つづらも、少女が今いる場所の実景だと思えば、まるで映画の一場面みたいではありませんか。こういう鑑賞の仕方も許されます。歌というものは、注釈抜きで、歌自体の言葉をそのまま鑑賞してもよいのです。



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