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万葉恋歌
中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む
上野亮介
第25葉(巻11・2401)
恋ひ死なば 恋ひも死ねとか
吾妹子
わぎもこ
が
吾家
わぎへ
の
門
かど
を 過ぎて
行
ゆ
くらむ
「恋に死ぬなら勝手に恋に死になさい」とでも言うのだろうか、彼女がわが家の前を通り過ぎて行くよ。
この歌がおもしろいのは、恋する男が家の中にいて、その家の前を女が通っていること。平安時代になると、こういう情景はなくなります。恋に苦しむ女が家にいて、家の前を通り過ぎるのは男、と相場が決まってくる。そもそも平安時代の女装束は、
十二単
じゅうにひとえ
がその典型ですが、外出には不向きです。それに髪型も、背丈より長い髪をそのまま流していましたから、外出のときは一苦労。でも万葉時代は、服装も髪型も活動的です。この歌に出てくる人は、髪を結い上げ、
裳
も
(スカート)を着用し、半透明の
領巾
ひれ
(ショール)なんかを肩にかけ、
沓
くつ
をはいて街路を歩いたはず。そんな彼女が行く道に、偶然、男の家があった。男は片想いの恋に苦しみ、家の中で悶々としているのですが、彼女はそんなことは知らない。気軽に家の門の外を通り過ぎた。それを見た男は、「恋ひ死なば恋ひも死ね」とでも言うのか、と
呻
うめ
くわけです。彼女のことを「
吾妹子
わぎもこ
」と親しげに呼んでいますが、そういう深い関係はありそうにない。独り言の歌だから勝手にそう呼んだのでしょう。何だか哀れで、かわいそうになります。でも、彼女にしてみれば、それこそ「恋ひ死なば恋ひも死ね」としか言いようがないでしょうな。
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