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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第28葉(巻11・2655)

 くれなゐの すそ引く道を 中に置きて われかかよはむ 君かまさむ

 くれないの裾引く道を間に置いて、私がかよっていきましょうか。あなたが来てくださいますか。

 「紅の裾引く道を中に置きて」という言い方が秀逸です。彼女と彼がいる場所は離れています。数百メートルか数キロメートルかわからないけれど、二人が逢うためには、どちらかがその道を歩かなければなりません。彼女の方から赴く場合は、赤い
を着用します。この歌が言う裳は、足の先が隠れるぐらいのロングスカート。裾が地面につきます。裾を引いて歩くわけです。「紅の裾引く道を中に置きて」という表現は、彼女が本当にその道を歩いて押しかけてきそうな迫力があります。しかし、同時に、「私にそんなことをさせる気ですか。当然あなたの方から来てくださいますわね」と迫っているようにも受け取れます。「われか通はむ、君か来まさむ」だけなら双方平等の二者択一ですが、歌全体の調子からして、男に選択の余地はなさそうです。この道は、男が歩くことになるのでしょう。


【古語散策】

 くれなゐすそ引く道を中に置きて われかかよはむ 君かまさむ

 この歌のリズムと意味の両方において、「われか通はむ、君か来まさむ」という「係り結び」の連句が利いています。「われか通はむ」も「君か来まさむ」も疑問文です。「係り結び」のこのような用法は、短詩型では特に威力を発揮します。伊勢物語に出てくる次の歌なども、「係り結び」の連句の好例です。同じ疑問文でも、こっちの方の「係り結び」は「か」でなく「や」ですが。

 君やし 我やきけん おもほえず 夢かうつつか ねてかさめてか
(あなたが来たのか、それとも私が行ったのかしら、よく憶えていません。昨夜のことは夢であったのか現実なのか、眠っていたのか目覚めていたのか)



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