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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第46葉 (巻11・2364)

 玉垂たまだれすけきかよね たらちねの 母がはさば 風と申さむ

 綺麗なすだれ隙間すきまからこっそり入っていらっしゃいな。母が物音に気づいて尋ねたら「風よ」と答えますから。

 この歌、リズムがちょっと変わっています。五七七・五七七。リズムも意味も五七七でいったん切れます。五七五七七の短歌より古い詩形だと言われています。この形式の歌を
旋頭歌せどうかと呼びます。

 若者が乙女に逢うに際して、最大の障壁は、乙女の母親でした。なにしろ通い婚ですから、逢い引きの場所は娘の家です。夫婦別居のこの時代、子どもは母親と一緒に暮らしています。つまり
かよっていくところには、お目当ての娘だけでなく彼女の母親もいるのです。その母親に隠れて娘に逢うというのは、男にとって困難をきわめました。娘の方だって困ります。好きな相手ができたとき、相手が誠実に通ってきてくれるかどうかだけでも不安なのに、いざ来てくれても、母親のおかげで逢えないのですから。そういうわけで、母親の監視の目をかいくぐるのは、若い二人の共同作業になりました。この歌のように。

 
玉垂たまだれすけきかよね たらちねの母がはさば風と申さむ

 しかし、娘さん、「風よ」でだまされるお母さんではありませんぞ。お母さんはそんなに甘くはない。でも、とにかく通っていらっしゃいな、私の方でも何とか取りつくろいますから、という気持ちを率直に表した歌なのでしょうね。バレたらバレたで、そのときはそのとき。
きものすわった娘さんです。歌もどこかしらユーモラスです。



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