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万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第49葉 (巻11・2368)

 たらちねの 母が手はなれ かくばかり すべなき事は いまだなくに

 母の手を離れて、こんなにどうしようもない思いは、いまだかつてしたことがありません。

 恋の苦しさを知った少女の歌です。母の手の内にあるときは、大好きな男の訪問を母に邪魔されて困っていました。早く母の監視から逃れたいという思いばかりがあった。ところが、母に認められ、自由に恋人に逢えるようになったはずなのに、もっと苦しいことが待っていた。大人になりつつある少女の戸惑い、揺れる心のため息が、そのまま歌になったような
おもむきがあります。「たらちねの母が手放れ」(母の手を離れて)という表現が、少女の偽らざる実感として、現代の私たちにも迫ります。



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