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万葉恋歌
中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む
上野亮介
第57葉 (巻14・3450)
乎
を
久
く
佐
さ
男
を
と
乎
を
具
ぐ
佐
さ
助
すけ
男
を
と
潮舟
しほふね
の 並べて見れば
乎
を
具
ぐ
佐
さ
勝ちめり
オクサ男とオグサ助男を潮舟のように並べて見たところ、オグサの勝ちみたい。
これ、何の歌なのかよくわかりません。そもそも名前からして、とぼけている。「
乎
を
久
く
佐
さ
」と「
乎
を
具
ぐ
佐
さ
」。漢字に意味はありません。東歌は、ほとんどの場合、漢字の音を借りた一字一音の表音表記になっており、発音を表しているだけです。だから「オクサ男」「オグサ助男」と呼ばれる男がいたと思えばよい。名前が似ているのも
可
お
笑
か
しいですね。たしかに並べてみたくなります。「潮舟の」は「並べる」を形容する枕詞ですが、潮舟のように二人を並べたなんて、何とも言えぬ味を
醸
かも
し出しています。二人の男に求愛された女がいたのでしょうか。オクサ男もいいけど、オグサ助男もいいわね、うーん、並べて見たけど、やっぱりオグサの方かな、と吟味しているようにも受け取れます。歌の作者がもし男だとすると、ますますわけがわからなくなる。何のために二人を並べたのか、何をもってオグサ助男が優勢と判定されたのか、さっぱりわかりません。わからないけれど、何かありそうな、不思議な興味が湧いてきます。とにかく、おもしろい歌です。意味不明であっても、捨てがたい。
【古語散策】
乎
を
久
く
佐
さ
男
を
と
乎
を
具
ぐ
佐
さ
助
すけ
男
を
と
潮舟
しほふね
の 並べて見れば
乎
を
具
ぐ
佐
さ
勝ちめり
「勝ちめり」の「めり」は推量の助動詞です。「〜らしい」とか「〜みたいだ」という意味になります。根拠がはっきりしないときや、かなり主観的な推定に使われます。だから「オグサ勝ちめり」は、別に理由はないけれどもオグサの方がよいみたいだ、という感じになるわけです。
似たような助動詞に「らし」というのがあります。こちらは根拠や理由がはっきりした推量。
春すぎて 夏
来
きた
るらし
白妙
しろたへ
の
衣
ころも
ほしたり
天
あま
の
香
か
具
ぐ
山
やま
(巻1・28)
(春過ぎて夏が来たらしい。真っ白な衣が干してあるよ、天の香具山に)
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