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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第64葉 (巻20・4371)

 たちばなの した吹く風の ぐはしき 筑波つくばの山を 恋ひずあらめかも 

 
防人さきもりの歌を続けます。今度は常陸ひたち国から来た男です。前歌と同じく九州への出陣前に難波なにわで歌われました。これも望郷の歌です。彼にとっての故郷は、「橘の下吹く風の香ぐはしき筑波の山」です。花橘はなたちばなの香り漂うなつかしい思い出が、彼の脳裏に浮かんでいるのです。その思い出の中には、おそらく恋人の姿があるのでしょう。望郷の思いとは、故郷で一緒に過ごした人への熱く哀しい心です。とてもすなおな心です。そのすなおさのままに彼は歌っています。風が運ぶ花橘の香りの中で望み見た筑波山を、今もそこにいる人を、恋い慕わずにはいられないと。
 作者の名は、
占部うらべの広方ひろかた



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