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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第77葉 (巻13・3312)

 隠口こもりくの 泊瀬はつせ小国をくに
 
す わが天皇すめろき
 
奥床おくとこに 母は寝たり
 
外床とどこに 父は寝たり
 起き立たば 母知りぬべし
 
かば 父知りぬべし
 ぬばたまの 夜は明け
きぬ
 
幾許ここだくも 思ふごとならぬ 隠妻こもりづまかも

 前節の続きです。
 まず出だしでビックリします。
 「隠口の泊瀬小国に夜這ひ為すわが天皇よ」
 えっ、このなさけない男は、いや、この御方の御正体は、なんと天皇陛下であらせられた。この御方、実は、万葉集巻頭で「
もよ、み持ち」と乙女に求愛する堂々たる長歌を詠まれた雄略ゆうりゃく天皇だと言われています。
 恋に焦がれ、険路をものともせずにいらっしゃった天皇を、
雨雪あめゆきの中に一晩御放置申し上げざるを得ない事情が、夜が明けてもなお戸を開けるわけにいかない理由が、彼女にはあったのです。

 山に隠れた泊瀬の里に夜這いにいらっしゃった天皇よ、奥の床に母が寝ているのです。部屋の外で父が寝ているのです。私が起きあがれば、母に知られてしまいます。部屋から出れば、父に知られてしまいます。ああ漆黒の夜が明ける。どうにも思うようにならないのです、隠れ妻は。

 一応現代語にしてみましたが、原文そのままでわかりますね。親に知られたくないのです。ただそれだけのこと。恋の秘め事を娘が親に知られたくないのは古今よくあることですが、当時はその気持ちが今よりはるかに強かったようです。天皇の思い人であることさえ両親に知られるのがイヤみたい。天皇との関係は、まさに秘め事であったわけです。

 女のこの長歌にも
反歌はんかがついています。

 川の瀬の石ふみ渡り ぬばたまの 
黒馬くろまの来るは常にあらぬかも(巻13・3313)

 川の瀬の石を踏んで渡って、ぬばたまの黒馬に乗ったあなたが来る夜は、常にあってほしい。(中西進博士の現代語訳)

 天皇は泊瀬まで徒歩ではなく馬で来たことがわかります。「石は踏めどもなほし来にけり」と胸を張りましたが、石を踏んだのは天皇の足ではなく馬の足でした。馬に乗っていたにせよ、冬の雨に打たれてむなしく帰った天皇に向かって、また何度でも来てくださいね、と彼女は言うのです。何と言いますか、男も女も、あの歌もこの歌も、これが万葉の世界です。



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