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さくら野歌壇
万葉恋歌
中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む
上野亮介
第79葉 (巻2・133)
小
さ
竹
さ
の葉は み山もさやに
乱
さや
げども われは
妹
いも
思ふ 別れ
来
き
ぬれば
笹の葉は山全体がざわめくほどザワザワと乱れ騒いでいるが、私はただひたすら妻のことを思い続けている。別れて来てしまったので。
今回も
柿
かきの
本
もとの
人麿
ひとまろ
の歌です。妻を
石見
いわみ
国に残して
都
みやこ
に上がるときの、旅の途中の歌。
彼が山路をたどっていること、その山には笹が生い茂っていること、そこに風が吹いていること、その風で笹の葉が鳴っていること、その音が山に満ちていること、彼の周囲のそんな様子が、この短い詩句でわかります。彼の視覚と聴覚は精密に外界をとらえており、「
小
さ
竹
さ
の葉はみ山もさやに
乱
さや
げども」と動的かつ繊細に表現されています。しかし、そのときの彼の内面はというと、「われは
妹
いも
思ふ」。修辞も虚飾もない太い言葉。そして「別れ
来
き
ぬれば」と、これまた短く端的に思慕の理由を付け加えて歌は終わる。凄い歌です。揺れ動く山路を行く旅人の、残してきた妻への一途な思いが、言いようのない孤愁が、歌からあふれています。
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