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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第82葉 (巻11・2588)

 ゆふされば 君まさむと 待ちしの なごりそ今も ねかてにする

 夜が訪れるとあの方がいらっしゃるだろうと待っていた頃の夜の、なごりだなあ、今でもすぐには寝られないことよ。(中西進博士の現代語訳)

 中西博士の文庫本『万葉集』には、さまざまな脚注が収められています。その中で、ときおり、「○秀歌」という脚注が目に飛び込んでくる。理由ぬきで「○秀歌」とだけ書いてある。気になります。どうしても熱心に歌を見る。たとえば、この歌がそうです。
 「今はもう恋は終わっている」と注意書きがしてあります。親切です。こういう短文が博士はうまい。さらに、「寝ねかてに」の「かて」はできること、「に」は否定、と古語の解説。つまり「寝ねかてにする」は「寝られない」ということ。配慮が行き届いています。
 ここで、もう一度、原文のまま歌を鑑賞します。たしかに「○秀歌」だとわかる。心にしみ入る抒情詩です。
 でも、ときには、なぜ「○秀歌」なのか今ひとつわからない歌もあります。そのへんはあまり気にせずともかまいません。こちらに古語知識の不足もあれば、人ごとに感受性の波長が異なるケースだってあるのですから。いずれにせよ「○秀歌」に接すると、博士の人柄や好みが感じられて、歌の鑑賞もさることながら、博士の人間鑑賞ができて楽しいですよ。博士はしみじみとした述懐を流れるような調べで詠んだ歌が、しかも眼前に作者のたたずまいが見えるような歌がお好きなようです。
いきなロマンチストであられるのですね。



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