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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第84葉 (巻11・2651)

 難波なにはひと あしの してあれど おのが妻こそ つねめづらしき

 難波の人があしを燃やして火を焚く小屋はすすけているけれど、(そのように煤けてはいても)私の妻はいつもかわいいな。

 長年連れ添った妻なのでしょうね。
 煤けて黒くなったようだと失礼なことを言う。
 どのように煤けているかまで詳述する。
 葦を燃やしたときの煤のようだと。
 葦で有名なのは難波です。広大な干潟に葦が生い茂っています。難波の人が小屋で葦を燃やしたら、それはたくさんの煤が出て、小屋の中は真っ黒になる。
 妻はそれほど煤けている。
 でも、作者は、その妻が大好きなのです。
 「めづらし」という形容詞は、後には「目新しい」という意味で使われることが多くなりますが、古くは「可愛い」「愛らしい」という意味で使われました。この歌がそうです。
 「己が妻こそ」(わが妻こそ)と力を入れ、「常」(いつも変わらず)と付け加え、その上で「めづらしき」(可愛い)と来る。
 煤けた小屋に喩えられて心穏やかでなかった妻も、少しは機嫌を直したことでしょう。



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