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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第87葉 (巻12・2914)

 うつくしと 思ふ吾妹わぎもを 夢に見て 起きてさぐるに 無きがさぶしさ

 愛する彼女を夢に見て、目覚めて手探りしたけれど、どこにもいない寂しさよ。

 この感じは誰でもわかります。こんな経験が人にはある。さすが万葉集、ちゃんと歌になっていました。
 彼女のことを「
吾妹わぎも」と呼んでいるからには、二人は体を許しあった仲です。その彼女が夢に出てきた。目覚めて思わずしとねの中を手探りしたけれど、あのやわらかな肌はそこには無かった。そのときの感じを「さぶし」と表現しています。「寂しい」という意味の古語ですが、現代人の受け止め方としては、寂しさに寒さが加わったような感じがして、彼女の暖かい体がそこになかったという状況にピタリと当てはまっています。この歌の恋は、体感的です。夢に現れた彼女は服を着ていなかったのではないかと思えるほどです。それほどの皮膚感覚がある。後の世なら和歌にするにはちょっと気が引けるかもしれません。



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