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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第90葉 (巻12・2851)

 人に見ゆる うへは結びて 人の見ぬ 裏紐したひもあけて 恋ふる日そおほ

 人に見える上紐は結んで、人の見ない下紐はあけて、あなたを恋い慕う日が多い。

 当時の女人の服装は、上着は腰のところを紐で結びます。
と呼ばれるスカートも紐で締めます。そのあたりの紐が「人に見ゆる」上紐なのだと思います。上着の内側にも肌襦袢はだじゅばんに類する下着をつけていたのでしょう。この下着の紐が「人の見ぬ」下紐にちがいない。万葉時代にパンツはありませんから、下紐を解くと素肌が現れます。で、この人、上着の紐は締めているが、下着の方はあけている。その状態で「恋ふる日そ多き」って、ちょっとそれは・・・・
 中西進博士の脚注によれば、下紐を解くのは恋人を招くまじないだそうです。それを人に知られるのがいやだから上紐だけは結んだというのです。もしそうだとしても、男を招き寄せるために下着をあけるとは、何と言いますか、いかにも大胆ですな。たしかに効きそうな感じはしますけど。
 現代人がこのような感想をもつのは、「心の恋」と「体の恋」を分離して考えるからです。心の恋を至純となし、体の恋は「肉欲」などと
おとしめる。でも、その感覚で万葉の恋を眺めるとまちがえます。万葉の恋は心と体が融合しています。人を恋い慕うとき、そこには肉体的な結合が当然のこととして予感されています。その予感を押し隠す気配はありません。この歌がまさにそうであり、それが恋というものの原型なのだと思います。



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