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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第93葉 (巻7・1412)

 わが背子せこを 何処いづち行かめと さき竹の 背向そがひしく 今しくやしも

 いとしい夫を、どこへ行くことがあろうと安心して、さき竹のように背を向けて寝たことが、今は悔しいよ。(中西進博士の現代語訳)

 この歌は挽歌です。亡き人を偲ぶ歌。

 夫婦は互いに手枕を交わし、体を寄せ合って寝ます。しかし、この二人は何かケンカでもしたのでしょうか、彼女は夫に背中を向けて寝た。「さき竹」とは、割れた竹のこと。竹が裂けると半身が各々反対方向に反り返ります。そのように背中合わせで寝たわけです。男は何とか機嫌を取ろうと彼女の耳元であれこれささやいたことでしょう。けれど、無視した。男の手が伸びてきても、拒否した。その夫が、たぶん翌日あたり、急逝した。だから最後の夜の記憶が、彼女を悲しませるのです。

 こういうこともあるのだから、妻はあまり長々とすねてはいけません。適当なところで手を打ちましょう。おっと、その前に、夫は妻を怒らせない方がよい。夫婦ゲンカというものは、たいがい男が悪くて女が正しいと知るべきです。



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