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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第96葉(巻13・3271)

 わがこころ 焼くもわれなり しきやし 君に恋ふるも わが心から

 私の心を焼くのも私。ああ…あなたに恋するのも私の心のせい。

 この歌も「わが心から」と苦悶しています。万葉の女人は、恋の苦悩を相手のせいにするのでなく、こんなに苦しいのは自分の心のせい、何もかも自分の心が原因なのだと深く内省するのです。
 「はしきやし」は当時の口語です。「いとしい…いとしい…ああ…」というような、ため息にも似た言葉。
 この歌がよりいっそう痛切なのは、これが長歌に付ける反歌だということ。前段の長歌で、作者は嫉妬に狂っている。いとしい男が他の女と寝ている光景を妄想し、二人のいる汚らしい小屋を焼いてしまいたい、二人が敷く破れムシロを捨ててしまいたい、二人が交わす醜い腕をへし折ってしまいたいと、口をきわめて呪詛している。これでもか、これでもかと、激しい言葉を連ねた長歌に添えて、哀切きわまりないこの歌が出てくるのです。



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