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さくら野歌壇

万葉恋歌

中西進博士の文庫本『万葉集』(講談社文庫)を読む

                     上野亮介



 第98葉(巻11・2546)

 思はぬに いたらばいもが うれしみと まむ眉引まよびき おもほゆるかも

 来ると思われていないときに行けば嬉しそうに笑う彼女の眉引を想像してしまうなあ。

 「眉引」とは女の眉のことです。万葉の女人は額に眉を描きました。きれいにカーブした線を引いた。だから「眉引」です。女は誰でも眉引をほどこしていましたが、単に「眉引」と言えば、それは美人を意味します。「宛轉たる蛾眉」は、かの楊貴妃のこと。「蝶の触覚のような美しい眉を引いた人」という意味です。美人を見たとき、その美貌にふさわしい眉が、男には印象に残ったのでしょう。
 この歌の作者は、恋人のことを美人だと思っています。だから彼女のことを「笑まむ眉引」と表現したのです。予告なしで急に彼女を訪問すれば、まさか来るとは思っていない彼女は、嬉しさのあまり、その美しい顔で笑うだろう、と想像しながら、作者は彼女の家に向かっている。そのとき、きっと作者本人も、一人でニヤニヤ笑っていたでしょうな。
 この歌ひとつで、男のことも女のこともわかります。女が美人だということ以外にも、二人ともいい性格をしていますね。二人の関係も、ほほえましい。ほのぼのとした恋人同士です。



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